「明治維新150年」を想う 全国地方銀行協会発行誌(地銀協月報)寄稿分

「明治維新150年」を想う

 平成30年は明治維新から150年を迎え、大河ドラマでは「西郷どん」が放送、また全国各地で明治維新150周年記念イベントが開催され、幕末から明治という時代に注目が集まっています。佐賀県においても「肥前さが幕末維新博覧会」が開催されており、幕末維新期の佐賀を映像で体験し、偉人たちの活躍を知る、改めて感じられる博覧会となっています。明治維新から150年の今、「先人を知る、想う、誇りとすることに加え、私たち一人ひとりがどう考え、行動するのか」その機会とし、特に多士済々を育てた指導者を見習いたいと思います。
 幕末維新期を辿ってみますと、佐賀藩は明治維新において先駆的役割を果たしていますが、その原動力は大胆な教育改革による人材育成と、最先端の科学技術の導入を進めたことです。そして、その牽引役は佐賀七賢人の1人である十代藩主鍋島直正と言えるでしょう。当時佐賀藩の最大の任務は長崎警備でしたが、フェートン号事件で大きな失態を演じた以降、警備強化に伴う財政負担は重く、藩の財政は破綻状況にありました。このような中、藩主となった鍋島直正は苦難な状況に対して不屈の精神で立ち向かい、藩政改革を推し進めています。
 まず藩校「弘道館」の拡充に注力し、優秀な人材は身分にかかわらず登用するとともに、西洋の科学技術を研究させました。佐賀藩が行った人への投資は、日本初となる反射炉や実用蒸気船を完成させるなど国内随一の近代的な科学技術力となって結実しましたが、その中で、早稲田大学を創立した大隈重信や近代司法制度の基盤を築いた江藤新平、北海道開拓の父と呼ばれる島義勇、日本赤十字社の創設者である佐野常民など明治維新後の国家建設に大きく貢献した多彩な人物を輩出しました。
 また、佐賀藩は最先端の科学技術を導入するにあたり、必要な資金を捻出する方法として、磁器・茶・石炭など自藩の産業振興にも取り組んでいます。これらの取組みは、今で言うところの地域の成長戦略であり、地方創生の先駆けであると考えられます。
 幕末維新期の佐賀藩の根底に流れる志を受け継ぎ、今までにない発想、かつ未来志向で果敢にチャレンジするという高い志を持った「考動」する行員を育て、地方創生に貢献していきたいと思います。


以上